研究余話

地球の表情のうつり変わり −山梨の大地に眠る地球環境変遷史を探る−


地球科学研究室 輿水達司


 フォッサ・マグナはラテン語で”大きな溝”という意味です。日本列島のほぼ中央部を南北に、日本海から太平洋側までのびている深い大きな溝がフォッサ・マグナです。この溝の両側は最初高い崖になっていました。ところが、溝の東側の縁では次々に火山の噴火が起き、もともとあった崖は火山の下に埋まってしまいました。そのため、現在我々が見ることができるのは西側の縁だけです。

 フォッサ・マグナの西側の縁のことを糸魚川−静岡構造線といいます。糸魚川からJR大糸線に乗って大町まで行き、さらに中央本線に乗り換えて甲府まで走ると、電車の窓から西側にはそびえ立つ急な崖−断層崖をいつも望むことができます。

 断層とは地球表層部の岩盤が切れて、くいちがってしまった所です。フォッサ・マグナでは車窓から見える断層を境に西側の山々が持ち上がり、一方松本盆地や甲府盆地のある溝の部分が落ち込んでいます。この断層で南アルプスや北アルプスが隆起し始めたのは、約100万年前からと言われています。100万年で3000メートルの山々ができたということは、単純な計算で1年にすると3ミリです。たったそれだけの隆起でも、長い間には山ができるのです。

 ”生きている地球”をなかなか実感しにくいものですが、静かに考えてみますと、地球はすごいエネルギーをもっているものです。

 ところで、我々の身近な一本の草花も、数百万年にわたる進化の歴史の上に生きていますし、我々が何気なく踏みしめている岩くずも、そこに落ちて横たわるまでには、数千万年・数億年に及ぶ時間が経過していることがあります。

調査風景
甲府盆地周辺の地質調査

 地球が静かに物語ってくれるこのような長い長いストーリーを知ったり、地球の持つエネルギーのようなものを理解できたとき、人はもう少し自然に対して謙虚になれるのではないでしょうか。

 私どもの環境科学研究所は富士山の麓にあります。富士山は上に述べた南・北アルプスよりもさらに高い山であり、円錐形の美しい姿を誇ってそびえ立っています。その成り立ちは、南・北のアルプスとは別の過程をへていますし、山としての歴史も随分若いことになります。

 富士山の活動史の詳細についてはここでは省略しますが、本格的な山体の形成が始まったのは、今から約2万年前の古富士火山の噴火からです。その後しばらく静かだった富士山は、数千年前から再び活動を始めました。これが現在の富士山につながる新富士火山形成の始まりです。富士火山の活動の過程で富士五湖の誕生があったのです。また富士山麓のいったいには湧水が多数知られています。これらの水は住民の生活にも利用されています。

 私ども地球科学研究室では湧水や五湖の水の振る舞い−循環−を明らかにしようと志し、テーマの一つとして研究を進めています。例えば降水がなかったり少ない日が続くと、その効果は湧水の池などよりも五湖の水に、水位の変動として即座に現れます。このような現象を合理的に理解できるデータもあがってきています。

 富士山といえば、ことあるごとに話題になるのが噴火の兆候はあるのだろうか、ということです。富士山形成の歴史をたどり、過去の活動周期を解析しますと、我々が生きている時代には大きな噴火はないだろう、というのが多くの研究者の見解です。しかし、その先いずれ噴火する若々しい活火山であることは間違いありません。

 今回、山梨県そして環境科学研究所の周辺の自然の動的な姿をとりあげてみました。このように地球を動的状態に維持しているエネルギー源は大きく分けて二つあります。一つは地球内部の熱エネルギーです。地球内部の熱を解放する過程でプレート運動や地震や火山が引き起こされ、長期的には大気中の二酸化炭素濃度の変動のリズムを生じさせています。

 もう一つは太陽エネルギーです。やや難しい説明を省略しますと、地球表面で太陽から受け取るエネルギーには赤道域と極域のように、空間的に不均質があります。この不均質を解消するように、大気や海洋の流れが生じます。このような熱や物質の流れは地球の表面のみならず、マントルなど地球の内部にまで及んでいる詳しい様子が、主に日本の研究者により最近がわかってきました。

 このような躍動する地球の姿を理解するためには、地球をとりまく太陽や宇宙との関係をも考慮しなければなりません。長い地球の歴史のなかで地球上では様々な事件が発生し、一方で地球の状態を維持し、生物圏を育んできました。こうした積み重ねの結果が今日の地球です。気の遠くなるような時間の中で、しかもスケールの大きな空間の中で進化してきた地球につき、我々は地球上で今までに生起したことを知っておかなければなりませんし、現在の地球で何が生起しているかも知る必要があります。このような視点で研究できる材料は当然山梨にもあります。

 主な研究法として、地球の歴史が記録された物(地層や岩石)から意味のある情報を読みとるため、まず野外において地層や岩石の存在状態を正しく把握することが最も重要です。その上で、試料を歴史科学的に解析するために年代的枠組を設定しなければなりません。なかんずく、過去の地球の状態(環境)を豊富に記録している堆積物・化石を解析することは必須となります。もちろん、これらの手法の総てを本研究所でカバーできるものではありませんので、より広範囲の研究者の協力も必要となります。

 生きている地球を地球科学的手法で解析し、振り返ることにより、周期やリズムが浮き彫りにされ、それが地球本来のものと根本的に異なった変動であれば、我々は、未来にむけて今何をなすべきかを真剣に考えなくてはなりません。このあたりの糸口になる成果を富士山北麓の研究所から発信できればと考えております。

(こしみず さとし)

富士山
環境科学研究所より望む富士山

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