巻頭言

包括的な環境モニタリングを−よりよい予測のために−


客員研究員 鈴木継美


著者近影

 二十世紀がもうすぐ終わろうとしています。そして、新しい世紀は人類の生存にとって厳しい世紀になりそうだと各種の予測が告げています。予測は現実に観測される各種の事象とそれら諸事象の相互関係についての理論モデルとに基づいて進められます。将来のありうべき変化について、各種のシナリオが想定されモデルが組まれ、その内部で量的なパラメータを変えてシミュレーションが繰り返されています。この一見もっともらしい予測作業は重大な理論的弱点を内包しています。第一に、観測されていない事象の中に将来の変化にとって本質的な意義のあるものが隠れている可能性があげられます。第二に理論モデルが誤っているか、あるいは誤りではないが部分的な説明能力しかなく、全体としてのシステムの変化を見失っている可能性です。別の言い方をすると、予測が経験の範囲を超えることができず、新しい状況が思いもかけない影響を作り出すことを予見できないという本質的困難が常に残されています。

 そこでどうしても必要になるのが継続的で広範囲な領域についての観測、測定であり、かつその結果がモデル化、シミュレーションの作業にフィードバックされるシステムなのです。その際注意すべきこととして、既存の理論モデルによる予測では問題にされていなかった変化を見逃すことのないように観測システムを作ることがあげられます。これは実は容易ならざる仕事ですが、包括的に影響を把握できる指標を用意しなければなりません。すなわち、人間の健康状態(死亡、疾病、活動能力、出生力等)について、また各種の生態系・野生生物の状態について、さらに生活環境の中に広がる各種の変化についてなど、注意深く情報が集められ、解析されなければなりません。これらのモニタリングは、とんでもなく難しい仕事だということを環境の研究者は認識しておくべきでしょう。

 モニタリングとモデリングが統合的にすすめられることによって、新しい課題が生まれ、プロセスやメカニズムを研究している人々に刺激が加えられます。また、現実の環境保全、修復の仕事の成果を評価する場合の、不可欠な基準も作られることになります。これがとかく目の前の問題に振り回され、広い範囲にわたる将来の問題への対応が下手な人類から何とかして脱却するために不可欠なステップなのでしょう。

(すずき つぐよし 前国立環境研究所長)

NDVI画像
富士山および富士五湖地域のNDVI画像(1992年4月23日LANDSAT TM)

(人工衛星による植生モニタリングの一例 凡例の数値は植生のしめる面積を表す)

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