研究余話

香りと自律神経のはたらき


環境生理学研究室 永井 正則


自律神経のはたらき

 自律神経のはたらきは、一般に私たちの身体の恒常性を保つことだと言われています。人の体温は、少々暑くても寒くてもそんなに大きく変わるわけではありません。これは、自律神経のはたらきによって、体温が調節されているためです。自律神経は、暑さ寒さといった環境ストレスが身体に加わるという状況にすばやく反応して、私たちの身体の恒常性を保っています。

 本来、自律神経の”自律”という意味は、自律神経のはたらきは意志の力では制御できない、ということです。とは言っても、自律神経は、私たちの気分や感情の影響を受けます。多人数の前で発言する時には、顔が熱く感じる、心臓がドキドキするというようなことは誰でも経験することでしょう。この様に、自律神経のはたらきは、脳の活動の結果生じる気分や感情の変化と無縁なわけではありません。生活上のストレスが私たちの気分や感情に好ましくない影響を与え、それが自律神経のはたらきにも影響し、そのような状態が長期化すると体に不調が現れるということが起こります。好ましくない気分や感情を長期化させない、自律神経のはたらきに偏った影響を与えないということが、健康の維持と疾病の予防につながる可能性がここにあります。現在、さまざまな環境ストレスが自律神経のはたらきにどのような影響を与えるのか、そしてそのような影響を軽減するためにはどんな手段があるのかという研究が広く学際的に行われています。

実験風景
香りと瞳孔の大きさの関係を調べる実験

香りと自律神経

 身の回りの香りを利用して、気分を引き立たせたり、落ちつかせたりすることは、はるか昔から行われていました。例えば、ジャスミンは、沈んだ気持ちを高揚させ、ラベンダーは不安を和らげると言われています。ある条件下で脳波に現れる電位変動(CNV)に対する、この二つの香りの効果が1988年に報告されました。ジャスミンはCNVの振幅を大きくし、ラベンダーはCNVの振幅を小さくするという内容でした。ジャスミンとラベンダーが脳の活動に対して異なった効果を持っていることが、この実験により示されました。

 私たちは、ジャスミンとラベンダーが脳の活動に異なる作用を持っているとしたら、その作用の違いが、自律神経の活動にどう反映されるかということに興味を持ちました。自律神経活動の指標として、心拍数と瞳孔の対光反射を選びました。瞳孔は、人の目をカメラに例えるとレンズに当たるところで、カメラの絞りに相当する虹彩のはたらきにより、瞳孔の直径の大小が調節されます。虹彩のはたらきは、自律神経によって制御されています。目に光を当てると瞳孔が一瞬小さくなり、しばらくして元の大きさに戻ることを瞳孔の対光反射と言います。実験では、赤外線カメラを使って、瞳孔の直径を連続的に記録しました。

 実験は、女子大生を被験者として行いました。まず、何の香りかを告げずにジャスミンとラベンダーの精油を嗅いでもらい、主観的に香りがどう評価されるかを調べました。その結果、ジャスミンはラベンダーに比べて、より暖かく、女性的で、情熱的で、興奮作用があると評価され、ラベンダーは、より冷たく、男性的で、冷静で、気が休まると評価されました。ジャスミンを興奮的、ラベンダーを気が休まると評価している点は、従来から言われていることと一致しています。

 次に、香りを連続的に嗅いでもらい、1分目と3分目に瞳孔の対光反射を調べ、香りを嗅ぐ前と比較しました。その結果、香りの存在は、瞳孔の対光反射を大きくすることが分かりました(図1)。心拍数も同様に、香りを嗅ぎ始めてから1分と3分の値を、香りを嗅ぐ前の値と比較しました(図2)。香りを嗅ぐ時間が長くなるにつれ、ジャスミンは、心拍数が上昇する者を増やし、逆にラベンダーは、心拍数の上昇する者を減らす、ということが分かりました。ジャスミンは心拍数を上昇させる作用、ラベンダーは心拍数を低下させる作用があると考えられます。

図1 図2
図1 瞳孔の対光反射 図2 ジャスミン、ラベンダーと心拍数

 今回の実験から、ジャスミンとラベンダーは、心拍数には相反する効果をもたらすが、瞳孔の対光反射へは同一の作用をすることが分かりました。この様な自律機能に現れた変化と、ジャスミンの興奮作用やラベンダーの鎮静作用とがどのように関連するのかを、今後の実験で明らかにする予定でいます。また香りが、私たちが日々受ける環境ストレスを和らげる作用があるかどうかを、この様に自律神経のはたらきを指標としながら見ていきたいと思っています。

(ながい まさのり)


目次へ 前ページへ 次ページへ