森林と環境
客員研究員 武内和彦
日本は国土面積の約三分の二を森林が占める豊かな森林国です。山梨県は、とりわけ、周辺を山地に囲まれ、風光明媚な県土が形成されています。しかし近年は、森林利用の衰退により、森林の豊かさが十分生かされていない状況にあります。地球規模の森林減少が大きな問題となっている今日、このような状況をどう打破していくかが問われています。
日本の森林を再評価し、その新たな利活用を考えていくことは、環境科学に課せられた大きな課題であります。とくに森林の外部経済的効果を客観的に評価し、その内部化の方策を模索することは、当面の大きな検討課題であります。日本では、これまで、森林が土砂崩壊防止、水源涵養など国土保全機能に果たしてきた役割を自然科学的に評価し、それを貨幣的価値に換算する環境経済学的な試みがなされてきました。
今日では、それらに加えて、森林の野生生物生息空間としての役割をどう評価するかが問題となっています。とくに、環境と開発に関する国連会議において生物多様性条約が締結されてからは、世界的にまた地域的に生物の多様性をどう確保するかが問われています。日本も独自の生物多様性国家戦略を策定して、この問題に取り組んでいます。環境先進国のヨーロッパ、北アメリカの諸国では、こうした観点から、野生生物の生息地とその移動回廊としての森林の量と質を確保する政策が進行しています。
日本でも、生物多様性確保の観点から森林生態系の多様性とネットワークの確保を考えていく必要があります。針葉樹の人工林を広葉樹の二次林に転換するなどの方策は、森林の生物多様性を高めるものと期待されます。こうした方策を検討する際、どのような森林をどのように野生生物が利用しているかのデータを得ることは、議論の客観化のために不可欠ですが、残念ながらこの点に関しての、これまでのデータの蓄積は少ないのです。山梨県環境科学研究所で、今後積極的に取り組んでいくべき研究課題であります。
また、森林がどの程度CO2の固定に貢献しているかを評価することは、地球温暖化防止を考えるとき、極めて重要であります。再生可能な森林資源を木材や木質素材として有効利用することは、国土にCO2を固定していくことを意味します。日本の世論は、こうした考え方が、温暖化防止行動計画の抜け道であると否定的ですが、私はそうは思いません。エネルギー多消費型のライフスタイルが問題になるのなら、 CO2を大量に排出させる都市づくりを行っておきながら、CO2吸収源としての森林の利用をおろそかにしている国家のライフスタイルこそが問題視されるべきでしょう。
山梨県は、幸い森林の約半分が県有林に帰属します。森林利用と環境施策を結びつけて考えるには絶好のフィールドであります。地球規模の環境問題と地域規模の環境政策をつなぐ試みの一つとして、山梨県環境科学研究所の貢献が問われています。
(たけうち かずひこ 東京大学大学院農学生命科学研究科教授)
写真:樹木の活力度調査(三富村)