巻頭言

生きものと自然放射線


客員研究員 金子一郎


著者近影

 一般的に「放射線」という言葉からイメージするものは、X線など人間が人工的につくりだした、いわゆる「人工放射線」である場合が殆どであると思われますが、この他に、宇宙の始まりの約150億年前から存在している「自然放射線」と呼ばれているものもあります。

 この「自然放射線」には、地球の外側の宇宙からくる銀河宇宙線や太陽粒子線その他の「宇宙線」と地殻の放射性同位元素から放射される「大地放射線」がありますが、これらの放射線が、生命の誕生とその後の生物の進化に大きな役割を果たしてきたことが明らかにされつつあります。

 生命現象を現す生体高分子の核酸(遺伝子の化学的本体)やタンパク質などをつくっている素材は、太古の地球上の原始大気が、自然放電、紫外線その他の放射線のエネルギーを受けて生成したものと考えられています。

 また、生物の進化には、遺伝子の突然変異が基本にあります。地球上の自然突然変異率は、多くの研究者によって種々の異なる方法で推定されていますが、それらの結果はほぼ一定の範囲内にあります。生物の進化の速度は、突然変異のみによって支配されている訳ではありませんが、もし、自然放射線が全くなければ、自然突然変異率ももっと低いものになったと考えられています。

 さらに、「放射線ホルミシス(hormesis)」と呼ばれている、微量の放射線が生物の活動を活性化する効果に関する研究が近年進められ、微量の放射線は生体にとって必須なものではないかとの見解もあります。

 実験室内での研究によれば、自然放射線を遮断すると細胞の増殖速度が低下する、また、低線量の放射線被爆は、細胞毒である活性酸素を除去する酵素の活性を増大するなど、その他多くの放射線ホルミシス現象を裏付ける研究成果が報告されています。

 一方、生命の長い歴史の間に、生物は、自然放射線や自然界における化学物質などによる障害、特に遺伝子損傷を修復する能力を獲得しました。

 35〜40億年前の生命誕生後、現在、命名されているだけで約140万種、命名されていないものを含めると3,000〜5,000万種とも推定されている多様な生物種が存在するに至るまでに、生物と自然放射線との間で演じられてきた、このような悠久のドラマについて思いを馳せるとき、改めて自然の不可思議さと生命のダイナミズムに感銘を受けざるをえません。

(かねこ いちろう 東京成徳大学人文学部客員教授)

測定風景
ガイガーカウンターによる自然放射線測定

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