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人口の経時的変動からみた山梨県の地域特性


人類生態学研究室 小笠原 輝・佐藤香織・本郷哲郎


はじめに

 私たちの暮らしている山梨県は四方を山々に囲まれた県であり、可住地は県土の21.1%、経営耕地面積も5.3%しかありません。甲府盆地を中心とした地域は典型的な内陸性気候で、降水量が少なく、昼夜・夏冬の気温の差が激しい気候であり、また、富士山麓や八ヶ岳山麓などはその高度ゆえに冷涼な気候になっています。このように人が生活していく上で厳しい環境の地域が多いことが本県の特徴といえます。

 さて、私たち人間は地域の生態系のなかで、まわりを取り囲んでいる自然環境に強く制限されて生活をしているいっぽうで、その環境を生活しやすいように改変してきました。長い歴史のなかで積み重ねられた人間とそれをとりまく環境とのこのような交互作用の結果は、地域の人口の構造や動態に反映されます。したがって、あるまとまりをもつ地域の人口の経時的な変動を知ることは、その地域で暮らす人々がそれぞれの地域のもつ環境の特性にどのように適応してきたかを知る手がかりになると考えられます。

 そこで、1920(大正9)年から現在(1995年・平成7年)まで、山梨県の人口がどのように変動してきたのかを市町村別にながめ、地域特性を明らかにすることを試みました。

 資料としては国勢調査報告(1947年は臨時国勢調査報告)を用いました。なお、行政地域の区分は1995年現在のものを基準とし、旧地域区分の資料で人口を単純に合算できない地域については、境界変更前後の資料から人口を概算しました。

山梨県全体の人口変動の特徴

 図1は日本全国と山梨県の人口の変動を1920年の人口を1として表したものです。第二次大戦前まで、山梨県の人口の増加のしかたは、全国の平均的な増加のしかたより緩やかになっています。戦後の1947年に戦中戦後の疎開・引き揚げや団体開拓などによって急増した後、減少を続けていた本県の人口は1970年を境に増加に転じています。このような戦後の人口変動を関東1都6県の人口変動とともにながめてみると山梨県の人口の変動が、東京圏の拡大にともなう人口移動の影響を受けていることが示唆されます。

図1
図1 1920年人口を基準とした全国および山梨県の人口変動(1920〜1995年)

市町村別にみた人口変動パターンの分類

 各市町村の人口変動のパターンを5つに分類し、それぞれの人口変動の様子を1920年の人口を1として示しました(図2)。さらにパターンごとに色分けし、地図上でその分布を示しました(図3)。なお、この地図では同時に土地の傾斜を濃淡で表しています。

図2
図2 山梨県各市町村の人口変動パターン分類(1920年人口を基準に作成)

 Aは1920年から現在まで急変期が見られず、人口が増加、または安定している市町村です。甲府市および富士北麓地域(富士吉田市・西桂町・鳴沢村)がこのパターンに分類されていますが、この両地区が戦前から人口集中の核を形成していたことを示唆しています。

 Bは同様に人口の急変期がなく、人口が減少している市町村です。県周辺部の険しい山間部に位置する三富村・早川町・道志村がこれに相当します。このうち早川町は1960年に大きな増加がみられますが、これは開発事業による一時的な増加と考えられます。

 A・Bに分類された7市町村を除く他の多くの市町村では、戦前の人口変動に比べ、第二次大戦を挟んだ1940〜47年にかけて急激な人口増加がみられます。これらの市町村をさらにその後の変動をもとに3つのパターン(C〜E)に分類しました。

 Cは増加した人口を維持することができず、その後減少を続けているパターンで、平坦部が少ない市町村の多くが含まれています。なお、身延町と南部町の2町では1940年に人口の急増がみられますが、これは発電所の建設にともなうものと考えこのパターンに分類しました。

 DはCと同様に戦後は人口を維持できなかったものの、その後は増加に転じた市町村です。甲府市周辺部の市町村と八ヶ岳山麓の市町村がこれに相当します。このパターンに分類された市町村は、さらに1965〜80年に人口が急増している部分と1980年以降に人口が徐々に増加している部分に分かれることがわかります。前者は甲府市周辺の7町村で、甲府市を中心に同心円状に急増が始まる年代が異なっています。後者には、さらにその周辺部と八ヶ岳山麓の市町村が含まれています。

 Eは1947年時点で増加した人口を維持し、その後は安定もしくは増加している市町村です。甲府市に隣接する敷島町や富士北麓の市町村、上野原町がこれに分類されます。

図3
図3 山梨県各市町村の人口変動パターンの分布

(傾斜に関しては建設省国土地理院数値地図情報50mメッシュ標高を使用)

おわりに

 山梨県の人口変動を市町村別にながめた結果、いくつかの地域的な特徴が明らかとなりました。戦前から人口集中の核となっていた甲府市は、1970年頃から周辺市町村の急激な人口増加をあわせ、県内で最も人口が集中した地域を形成しました。いっぽう、もう一つの核であった富士北麓地域では、甲府市周辺のような極端な人口集中はないものの、観光等の基盤となる産業の存在によって、人口は安定した増加をみせています。これらの地域とは対照的に、厳しい自然環境に制限された第1次産業が中心であった平坦部の少ない市町村では、人口が減少し続けています。

 今回の人口変動パターンの分類をもとに、今後はさらに性比、5歳階級別人口、老年人口指数、産業に関する統計、死亡出生などの人口動態統計、疾病統計などの分析を加え、地域特性のより詳細な把握をめざすとともに、それぞれの地域の住民に生じている生活や健康上の問題点を明らかにする研究を進めていきます。

(おがさわら あきら・さとう かおり・ほんごう てつろう)


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