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富士山のスコリア荒原に同所的に生育するイタドリとオンタデの光合成と水分維持


植物生態学研究室  中野隆志・安部良子・鞠子 茂


 すそ野では豊かな森林を有する富士山も五合目以上になると植物の種類、数量ともに極端に減少し、草本植物が優占する火山性スコリア荒原が広がっています。スコリアとは細かい黒色の軽石のことであり、未熟な土壌を形成します。それゆえスコリア荒原土壌は、保持できる養分が少ないこと、乾燥し易いこと、温度が上昇しやすいことなどのストレスに満ちています。そこに生活している植物はこうした環境ストレスに対して、生態的に、形態的に、あるいは生理的に適応してきたはずです。スコリア荒原でよく目にする植物としてイタドリとオンタデがあります。両種は分類学的には近縁で、タデ科タデ属に属する多年生の草本であり、ほとんど隣接して生育しています。本稿では、環境ストレスの多いスコリア荒原において、イタドリとオンタデがどのような生理的特徴を持ちながら生活しているのかをご紹介します。

図1
図1 スコリア荒原に生育するイタドリとオンタデ

 調査は富士山の北斜面の五合目(標高約2250m)のスコリア荒原で1997年8月20日に行いました。図1は調査を行ったスコリア荒原に生育するイタドリとオンタデです。図を見ると分かるようにイタドリとオンタデは分類学的に近縁な種類ということもあって一見すると非常に良く似た形態をしています。

 見た目が似ている二種ですが、生理的あるいは生態的に似ているのかどうかを次に述べます。光合成や水分維持に関する生理的特性は直接目で見ることが出来ませんが、植物が生活していくうえで重要なものです。特に光合成は植物体を作るもととなる有機物を生成する過程であり、植物の生活で最も基礎となる過程です。また、水分は植物の光合成などの生理過程になくてはならないものであり、水分の維持も植物にとって最も重要なことの一つです。こうした視点から、光合成と水分維持に関して調べてみました。

 測定したイタドリとオンタデの純光合成速度を示したのが図2です。縦軸は、葉の単位面積あたり単位時間当たりの光合成量を示してあります。縦軸の上に行くほど光合成により固定する二酸化炭素量が多いことになります。この図から両種はほとんど同じように光合成を行っていることが分かります。

図2

 植物は光合成を行うために気孔を開き、葉の内部に二酸化炭素を取り込みます。この気孔の開き具合(気孔コンダクタンス)を示したのが図3です。縦軸の上ほどより多くの二酸化炭素が気孔を通りやすい事を示しています。図からオンタデの方がイタドリよりも気孔コンダクタンスが高く、葉内に二酸化炭素を通りやすくしている事が分かります。このことは、オンタデがイタドリよりも気孔を開いて葉の内部に二酸化炭素を通しやすくすることにより光合成を維持していることを意味しています。一方、気孔を余り開かないイタドリは葉の内部の二酸化炭素濃度が低くなっても光合成速度を維持するメカニズムを持つことで光合成を維持していると考えられます。

図3

 ところで、人間同様、植物の生活にとって水分の維持は重要です。この重要な水は葉の気孔が大きく開いた場合たくさん蒸発してしまうことになります。植物は光合成のことだけを考えると気孔を開いている方が好都合ですが、水分のことを考えると気孔を閉じていた方がよいのです。これは、水中で生活する植物以外、どの植物もが持つ気孔をめぐるジレンマです。気孔をより開いて光合成を維持していたオンタデは、葉からの水蒸気の蒸発速度が大きくなっていました。このことからオンタデはイタドリよりも水消費的な植物であるといえます。一方、気孔を余り開かないイタドリはより水保持的な植物であるといえます。

図4

 このように水消費的なオンタデですが、別の実験から、オンタデとイタドリの葉の乾燥に耐える能力がほとんど同じであることが分かっています。したがって、オンタデは土壌からより多くの水を葉まで引き揚げなければならないことになります。より多くの水を葉まで引き揚げるには大きく分けて二つの方法が考えられます。一つは葉の吸水力を高めて土壌からより強い力で水を引き上げる方法です。しかし、吸水力に相当する水ポテンシャルには両種で差が見られませんでした(図4:水ポテンシャルは値が低いほど吸水力が高くなることを示しています)。もう一つの方法は土壌から葉までの水分の供給を容易にする方法です。いくつかの方法がありますが、オンタデは太い茎を持つことで、水が通る道管の面積を増やしている可能性があります。また、オンタデはより長い根を持つことが知られているので、土壌のより深い部分の水を引き上げている可能性があります。水吸収を有利にするこうした方をどの程度利用しているのかどうかを今後明らかにしていく予定です。

 以上、イタドリ、オンタデは同じ環境下に生育し、近縁の仲間であり、見た目はよく似ていますが、光合成に関わる水分維持の方法は全く異なっていることがわかりました。しかし、分布状況を見ると、どちらの種もスコリア荒原では上手く生活している事は言えます。それでは、もし将来温暖化などにより、温度やそれに伴う水分環境が変化した場合これらの種はより繁栄するのでしょうか、それとも生活しずらくなって別の場所へ移動したりするのでしょうか。その答えを出すためには環境変化に対する植物の反応性についてより詳細に明らかにしていく必要があります。

(なかの たかし・あべ よしこ・まりこ しげる)


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