研究紹介


冬の青木ヶ原
 ―常緑樹の冬の光合成:エコタワーを用いた研究からー

植物生態学研究室
     中野隆志 大塚俊之 阿部良子

一般に、冬は、動物同様植物にとっても厳しい季節です。青木ヶ原を構成する主要な樹種、ヒノキやツガといった常緑樹たちは、冬のあいだどのように暮らしているのでしょうか。

 富士北麓を含め日本の山地帯の多くの植物は、冬期に葉を落とし、冬芽を形成し、生理活性を落とし、動物で言えば冬眠の様な形で厳しい冬を乗り越えます。ブナやミズナラ、コナラなど落葉広葉樹と呼ばれる植物達はこのタイプです。ところが、山地帯に属する富士北麓の青木ヶ原には、ヒノキ、ツガ、ゴヨウマツといった常緑針葉樹が優占する林が成立しています。これらの常緑樹は冬期にも光合成器官である葉を持っています。これらの植物は、冬眠しない動物と同様に冬にも光合成を行う可能性があります。

 日本でも亜熱帯から暖温帯域の常緑植物、例えば、スダジイ・シラカシ・タブノキなどは、冬期にも光合成を行うことが知られています。一方、高山帯や亜高山帯など山地帯より寒い地域に生息する常緑樹、例えばハイマツやシラビソなどは、冬はほとんど光合成を行わないと言われています。常緑という光合成を行う可能性を持ちながらも冬眠しているわけです。ところが、山地帯の常緑樹の冬の光合成については知られていません。青木ヶ原の常緑樹たちは、冬はどのように暮らしているのでしょうか。常緑の葉を持ちながらも冬眠しているのでしょうか、それとも、活発に活動しているのでしょうか。

 この疑問に答えるため、私たちは、青木ヶ原に設置したエコタワーを用い、十分成長したヒノキとツガを材料に、冬の晴れた日と曇った日に光合成速度を測定しました。

 晴れた日は放射冷却のため午前中著しく葉の温度が低くなり、特に9時までは氷点下でした。曇りの日は光合成が高かったのに対し、晴れた日は13時ごろまで光合成が低く、夕方になりようやく光合成速度が高くなりました(図)。



晴れた日の方が光が強いので光合成は高くなると思われがちですが、冬のヒノキとツガに関しては逆であることがわかりました。

 では、なぜ晴れた日に光合成が低かったのでしょうか。植物にとって光は光合成をするのに必要不可欠なものです。しかし、光が強すぎると、葉が吸収した光エネルギーが使い切れず、余分なエネルギーにより葉がダメージを受けてしまいます。この現象は、植物の生理活性が低い低温でより顕著に現れると言われています。良く晴れた日は放射冷却により気温が非常に低くなっていました。このときに強い光を受けてしまったので葉がダメージを受けたことが別の測定から明らかになっています。

 先の質問に答えましょう。山地帯に位置する青木ヶ原の常緑樹、ヒノキ、ツガは、冬に冬眠するのではなく活発に活動しているのです。でも、夏とは違って、光の少ない曇りの日が好みでした。
  
(なかの たかし、おおつか としゆき、あべ よしこ)



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