基盤研究
富士北麓野尻草原群落の維持機構に関する研究(H16-H21)

研究代表者
安田泰輔  山梨県環境科学研究所植物生態学研究室
共同研究者
中野隆志   山梨県環境科学研究所植物生態学研究室
塩見正衛   茨城大学名誉教授
堀 良通   茨城大学
山村靖夫   茨城大学助教授
丸田恵美子  東邦大学助教授
可知直毅   首都大学東京教授

研究背景・ニーズ

富士山は非常に豊かな自然景観を備え、その高い生物多様性は県民の大きな財産である。平成14年度生物系多様性地域調査(富士北麓地域)報告書では、富士山北西部に位置する大室山周辺の生態系は特に生物多様性が高いことが明らかにされた。この地域にはクマやシカなどの中・大型哺乳類や昆虫など動物相が豊富であること、またツガやヒノキが優占する青木ヶ原樹海や自然のブナ林など貴重な自然植生があることから、富士北麓を代表する生態系の1つと考えられる。この生態系の中でススキが優占する野尻草原は生物多様性の維持に中核的役割を果たすと予測される。なぜなら、草原は植物種が豊富であり、多くの動物種が草原を利用して生活しているからである。野尻草原は十数年前まで火入れや刈り取りなど人為的管理が行われていたが、現次世代に引き継ぐことの重要性から、生物多様性維持の中核を果たしていると思われる野尻草原の維持機構を解明すること、ならびに保全への有効な提言を行うことが必要である。しかし、野尻草原の植物群落に関する知見はほとんどなく、植物群落の生態とその維持機構を解明することが望まれている。

研究目的

富士北麓に位置する野尻草原において、群落構造を継続的に調査することにより、この草原の動態と維持機構を解明する。得られた知見から遷移機構の解明と数理モデルによる予測を試みる。最終的に、生物多様性の維持機構を科学的に明らかにして、保全に有効な提言を行う。

研究目標

野尻草原の物質生産量を解明する。
野尻草原の種多様性と空間構造を解明する。
野尻草原群落の変動パターンを明らかにする。
野尻草原の維持機構を解明する。

事前調査

「平成14年度生態系多様性地域調査(富士北麓地域)報告書」では、野尻草原は調査されていないが、大室山周辺には自然のブナ林が成立していることや多くの中・大型哺乳類が生育していること、貴重な昆虫が多数成育していることが確認されている。

研究方法・研究計画

1. 群落の物質生産と種多様性、空間構造の動態(H16-18)
群落の物質生産と種多様性、空間構造は草原群落を特徴づける構造である。これらの構造の季節的及び年次的変動を記述・解析することで、それぞれの構造について、その維持機構を明らかにすることを試みる。

  1. 植生図の作成:ススキや樹木の空間的は位置、獣道の記載を行う(H16)。
  2. 物質生産量と種多様性の調査:植生図をもとに、永久調査区を設置し、区内に1m×1mのコドラート(枠)を100個程度設置し、物質生産量と種多様性、空間構造を調査する(H16-18)。
    この調査を年3~5回程度行い、季節的あるいは年次的変動傾向を明らかにする。
  3. データ解析:得られたデータを解析し、物質生産と種多様性、空間構造の変動メカニズムを明らかにする(H16~18)。
  4. 数学的モデルの作成:得られたデータ及び解析結果から、野尻草原の物質生産と種多様性、空間構造の動態を再現する数学的モデルを構築する。このモデルは野尻草原の将来の動態予測を行う際、サブテーマ2におけるモデルの基礎となる(H16-18)。

2. 群落の遷移機構の解明とモデル開発(19-21)
サブテーマ1で得られた成果を統合し、野尻草原の遷移機構を明らかにすることを試みる。特に植生の空間構造(ススキや樹木、獣道の空間的配置)が遷移に及ぼす影響は明らかにされていないため、この点を特に重要視し、研究を進める。このような研究には数学的モデルが必須である。また、大室山周辺の生物多様性を今後保全・管理する必要があるとれ考えられるので、モデルを用いて野尻草原の動態予測を試みる。

  1. サブテーマ1の野外調査の継続:群落の動態を明らかにするためには、最低5年程度の継続調査が必要である(H19-21)。
  2. 物質生産と種多様性、空間構造の関係の調査・解析:蓄積されたデータ及び成果から、これら群落構造間の関係を明らかにし、遷移構造を解明する(H19-21)。
  3. 数学的モデルの発展:サブテーマ1で作成したモデルに,新たにデータ及び知見を加え、より再現性の高いモデル構築をする。また、このモデルを用いて将来の動態予測を行う(H19-21)。

これらの結果から野尻草原の維持機構を解明する。

期待される研究成果

  • 得られた知見は、富士北麓の自然の重要性を明らかにする知見となる。
  • どのような種がこの草原に生育しているかという植生のデータベースを提供できる。
  • この草原をこのまま放置した場合、種構成や生産性がどのように変化するかを予測できるような知見を提供できる。
  • 野尻草原における物質生産の動態や遷移機構を明らかにすることによって、絶滅に瀕しているチョウ類の保全に基礎的資料を提供できる。