プロジェクト研究 1
富士山五合目樹木限界の生態系に撹乱が及ぼす影響の評価に関する研究(H19-H24)

研究代表者
中野隆志  山梨県環境科学研究所植物生態学研究室
共同研究者
植物生態学研究室、地球科学研究室、茨城大学、東邦大学、静岡大学、玉川大学、北里大学、都留文科大学、首都大学東京、昭和大学、国立極地研究所、(財)電力中央研究所

研究背景・ニーズ

富士山は世界に誇る山岳であり、その貴重で豊かな自然は県民の大きな財産である。富士山は、火山であること、独立峰であること、標高が著しく高いこと、歴史が新しいことなど他の山岳に比べて特異で、そこに成立する生態系も他の山岳と比較し特性に富んでいる。さらに、富士山にはレッドデータブックに記載された動植物の絶滅危惧種、絶滅危惧植物群落が多く見られる。この貴重な富士山の自然を次世代に引き継いでいくことの重要性に鑑み、本県は静岡県と共同で「富士山憲章」を制定し、「富士山を守る指標」を作成するなど富士山保全対策の推進を図っている。

富士山五合目付近から上部はスコリア荒原が広がっており、現在カラマツなどの先駆樹種がスコリア荒原に定着し、森林限界が上昇している過程にあると言われている。五合目付近のスコリア荒原上の草本群落、カラマツ等が矮性化したクルムホルツ、天然のカラマツ林などは他の山岳に類をみない富士山を特徴づける植生である。

一方で、富士山五合目付近は、富士北麓に散らばっていた観光客の多くが訪れる、非常に観光客が集中する場所である。富士山五合目の富士山を特徴づけるこれらの植生は、観光客に強烈な印象を与えることで、非常に重要な観光資源であるとも言える。

また、富士山は日本の象徴であり、多くの外国からの観光客が訪れるのは周知の事実である。富士山五合目は、京都や奈良と同様に世界に誇る観光地となっている。

ところで、富士山五合目から上部は、自然撹乱すなわち、雪崩が頻発する地域である。最近では、1998年7月、2004年12月に大規模なスラッシュ雪崩があり、とくに1997年の雪崩ではカラマツ林が破壊された。現在、低木が密生し、森林への復活過程を見ることが出来る。このように、自然撹乱は五合目付近の自然に大きな影響を与えている。

一方で、富士山五合目付近は、富士北麓に散らばっていた観光客の多くが訪れる、非常に観光客が集中する場所である。また、観光客だけでなく、登山者やキノコ、コケモモ等の林産物採取者等が集中する場所でもある。このため一般観光客やコケモモやキノコの採取などによる踏みつけといった人為的撹乱が植物や土壌動物の分布や生態に影響を与えている。

以上のように、雪崩などの自然撹乱や、人為による撹乱が富士山の自然に及ぼす影響を評価する研究は、富士山の環境を保全していくうえで避けては通れない研究課題である。さらに、国際的な観光地である富士山の自然については、科学的な根拠に基づいた知見を、国内だけでなく広く海外まで広報することが求められている。また、富士北麓地域は環境省によりエコツアーのモデル推進地区に指定されている。富士山五合目においても、現在多くのエコツアーがなされている。エコツアーを実施する際に、エコツアーガイドは科学的根拠に基づいた基礎的知見が必要となる。また、エコツアーを自然と調和した形で進めていく上で科学的な根拠に基づく指針が必要となる。

研究目的

富士山の自然を最も特徴づける自然の一つであり、また、国際的な観光地であり、観光客が集中する富士山五合目の森林限界の自然に人為的撹乱、自然撹乱が及ぼす影響を評価することで、富士山の貴重な自然を保護保全するための提言を行う。

研究目標

1. 自然撹乱が樹木限界付近の植物や土壌動物に及ぼす影響の解明に関する研究
雪崩などの自然撹乱が植物や土壌動物の生態に及ぼす影響を解明する

2. 人為的撹乱が樹木限界付近の植物や土壌動物に及ぼす影響の解明に関する研究
人による踏みつけなどの人為的撹乱が植物や土壌動物の生態に及ぼす影響を解明する

事前調査

基盤研究で実施した「富士山樹木限界付近に生育する植物の環境適応機構の解明」や「富士山森林限界付近の植生の生態学的研究」の中でいくつかの知見を得ている。

研究方法・研究計画

1. 自然撹乱が樹木限界付近の植物や土壌動物に及ぼす影響の解明に関する研究
いくつかの年代の異なる雪崩後地また、規模の異なる雪崩跡地(大木まで破壊されたか、林床のみが破壊されたか)に調査地を設定し、以下の調査を行なうことで自然撹乱が五合目の植生に及ぼす影響を解明する。

  1. 航空写真により森林限界の過去からの形状変化を解明する(H19-21)。
  2. 富士山五合目の雪崩後の地形の経年変化について明らかにする(H19-24)。
  3. 永久方形区を設置し、毎木調査または草本植物の分布とサイズの測定を行う(H19-21)。
    年を経た後で、同様の調査を行い、植生の経年変化を直接明らかにする(H22-24)。
  4. 植生の違いをみると同時に、土壌の形成過程を見るために、土壌断面図、土壌硬度、土壌の栄養塩の蓄積量、土壌動物相を解明する(H19-24)。

2. 人為的撹乱が樹木限界付近の植物や土壌動物に及ぼす影響の解明に関する研究
五合目付近の人為的撹乱で最も大きいものは、登山道以外の本来立ち入りが制限されている場所に人が立ち入ることによる、植生の踏みつけによる影響である。踏みつけは、地上部の植生を単に破壊するだけでなく、土壌を踏み固める効果を持つ。したがって踏みつけの影響を明らかにするため以下のような調査を行う。

  1. 五合目付近に数多く見られる、踏み跡と踏み跡の周囲の植生調査を行い、踏み跡と、周囲での植生の違いを明らかにする(H19-21)。さらに、土壌硬度や土壌動物相を解明する(H19-21)。
  2. 踏み跡に、立入を制限する地区を設け(H19-21)、植生の調査を行う。同調査区回復について調査を行う(H22-24)。
    また、踏み跡のない場所で同様の調査を行う。さらに、土壌硬度や土壌動物相の経年変化を明らかにする(H19-24)。
  3. 踏みつけが無い場所で、地上部を刈り取り、植生の回復過程を見る。さらに、土壌硬度や土壌動物相を明らかにする(H19-24)。

期待される研究成果

  • 富士山を最も特徴づける自然の一つである五合目付近の植物の生態が明らかになることで、富士山の自然の重要性を明らかにすることが出来る。
  • 富士山で最も人が集中する五合目付近で、現在、植物にとって最も大きな問題の一つである踏みつけが植物に及ぼす影響を解明することにより、富士山の自然を守るための知見を蓄積することが出来る。
  • 富士北麓はエコツアーのモデル推進地区となっているが、富士山五合目でのエコツアーを考えるうえでも重要な知見を得ることが出来る。
  • 国際的な観光地である富士山五合目の自然を科学的根拠に基づきその価値を明らかにすることが出来る。