2021年2月13日 福島沖の地震における
山梨県内の揺れについて

久保智弘

    

2021年3月10日Ver03(甲府盆地内の揺れを追加しました)

1.地震の概要

 2021年2月13日23時07分に福島県沖の震源深さ55qでマグニチュード7.3の地震が発生しました。 今回発生した地震は気象庁によると2011年3月11日に発生した平成23年東北地方太平洋沖地震地震(東日本大震災)の余震でした。この地震の発生メカニズムは気象庁によると 西北西―東南東方向に圧縮軸を持つ逆断層型の地震でした。防災科学技術研究所のF-NETによるとこの地震のモーメントマグニチュードはMw7.1、震源深さ53q(2021年2月16日時点)でした。図1に震源位置と山梨県との位置関係を示します。 震源から山梨県庁までの震央距離は約370qでしたが、この地震によって山梨県内でも最大震度4の揺れが観測されました。そこで、ここでは防災科学技術研究所による強震観測網(K-NET,KiK-net)のデータを使用し、2月21日に首都圏強震動総合ネットワーク(SK-net)のデータを利用し、山梨県内の揺れをまとめました。     

図1:震源と山梨県、使用した観測点の位置関係

地震に関する情報のページ

気象庁 福島県沖の地震

防災科学技術研究所 F-NET

防災科学技術研究所 強震観測網

首都圏強震動総合ネットワーク

防災科学技術研究所クライシスレスポンスサイト

2.地震動

防災科学技術研究所 強震観測網から

 防災科学技術研究所の強震観測網のデータを使用し、山梨県内の地震動を以下に示します(KiK-netは地上点のみを使用)。ここでの速度波形は加速度波形を基に台形型のバンドパスフィルター(0.01Hz < 0.1Hz < 45Hz < 50Hz)を施し、FFTにより求めた波形です。各観測点の波形データはこちらをご覧ください。 山梨県内の観測点で震央距離が一番近いYMN001(丹波山)(約333q)の地点で最大加速度約14p/s/s(NS成分)、最大速度約0.4cm/s(NS成分)、 推定計測震度2.3でした。     

図2:YMN001(丹波山)の加速度、速度、フーリエスペクトル
一方、山梨県内で一番揺れの大きかった観測点は最大加速度ではYMNH11(大月)で約46cm/s/s(NS成分)(図3)となり、最大速度ではYMN009(六郷)で約2.2cm/s(NS成分)となりました。推定計測震度でもYMN009(六郷)が3.6となり、震度4相当になりました。 これは、地盤による影響によるものと考えられ、YMNH11(大月)は震央距離が約242qと山梨県内では比較的近いうえ、J-SHISの250mメッシュの表層地盤情報によると山麓地のため、地盤が固く加速度が大きくなったと考えらます。 YMN009(六郷)は震央距離が約386qと山梨県では遠い観測点ですが、谷底低地と軟弱な地盤のため揺れやすく、速度が大きかったと考えられます。このように地震動は地盤による影響を大きく受けます。     

図3:YMNH11(大月)の加速度、速度、フーリエスペクトル
    

図4:YMN009(六郷)の加速度、速度、フーリエスペクトル

首都圏強震動総合ネットワークから

首都圏強震動総合ネットワークは総務省消防庁による震度計ネットワークの観測情報や東京大学地震研究所などの観測記録からなる地震観測網のページです。ここでは、山梨県内の震度計ネットワークの情報を首都圏強震動総合ネットワークからダウンロードして山梨県内の揺れについてみてみました。ここでは震度計ネットワークの記録された継続時間を考慮して、台形型のバンドパスフィルターを(0.01Hz < 0.2Hz < 45Hz < 50Hz)としました。各観測点の波形データはこちらをご覧ください 2021年2月21日に時点で今回の地震で得られた記録が公開されている観測点は29点あり、主に甲府盆地内の記録でした。これらの記録を使い、防災科学技術研究所 強震観測網と同様に地震動をみてみると最大加速度が大きかった観測点は震央から約382q離れた富士川町(YMN.011)で約37cm/s/s(EW成分)でした。一方、最大速度は震央から約356q離れた甲州市(YMN.005)で約2p/s(NS成分)でした。この2つの観測点ともに推定計測震度は3.6で震度4相当でした。 地盤は富士川町(YMN.011)が扇状地、甲州市(YMN.005)が砂礫質台地でした。富士川町(YMN.011)の最大速度は約1.9cm/sと甲州市(YMN.005)とほぼ同程度だったことから、震央距離が大きくても軟弱な地盤の影響を受け、防災科学技術研究所の強震観測網のYMN009とも近いことから考えると同様に地盤の影響を受けて揺れが大きくなったと考えられます。 一方、図6の甲州市(YMN.005)の波形をみると速度波形で、60秒以降から大きな波が見えます。これは表面波という長周期の地震動によるもので、深い地盤(地震基盤以浅)の影響を受けたものと考えられます。これからもう少し詳しく見ていく必要がありますが、フーリエスペクトルを見ると0.8Hz程度で卓越が見え、長周期地震動が発生していたことが分かります。     

図5:富士川町(YMN.011)の加速度、速度、フーリエスペクトル
    

図6:甲州市(YMN.005)の加速度、速度、フーリエスペクトル

首都圏強震動総合ネットワークから

地震動に関する情報のページ     

防災科学技術研究所クライシスレスポンスサイト

    

防災科学技術研究所地震ハザードステーション(J-SHIS)

3.建物への影響

防災科学技術研究所 強震観測網から

 次に建物への影響を見るために、地震応答スペクトル(減衰5%)を比較をしました。この地震応答スペクトルは建物に作用した地震動を評価する際に利用される指標で、横軸に建物の固有周期をとり、横軸にそれぞれの地震動による応答の最大値をとったものです。 地震動が大きかったYMNH11(大月)とYMN009(六郷)を比較するとYMNH11(大月)は加速度応答スペクトル(左上)では、周期0.4秒で約176cm/s/sとなり低層で新しい木造家屋などで加速度の大きな揺れだったと感がられます。しかし、速度応答スペクトル(右上)を見ると約11cm/sと小さく被害を及ぼすような揺れではなかったことが分かります。各観測点の地震応答スペクトルはこちら 一方、YMN009(六郷)は加速度応答スペクトル(左上)はYMNH11(大月)と比べるとあまり大きくありませんが、速度応答スペクトル(右上)がYMNH11(大月)と比べて大きく、周期1秒付近で15cm/sとなりました。しかし、15p/sという値も建築基準法で考えると小さな揺れのため、 被害がないと考えられます。それぞれの図の左下は変位応答スペクトルで主に免振建物など変形の大きい建物で見る指標、右下は縦軸に変位応答スペクトルをとり、横軸に加速度応答スペクトルをとって、建物へ入力されたエネルギーを評価するのに使用される図です。これらの線が書く範囲が小さいことから、今回は被害がなかったことが分かります。     

図7:YMNH11(大月)の地震応答スペクトル
    

図8:YMN009(六郷)の加速度、速度、フーリエスペクトル
YMN003(富士吉田)とYMN005(甲府)もみてみると、それぞれのグラフから建物のへの影響が小さかったことが分かりますが、YMN005(甲府)では周期1秒から2.5秒において、応答スペクトルがおおきかったことから、周期がこのあたりになる免振建物や20階建て程度の高層建物で若干揺れがあったことが分かります。これも地盤による影響と考えられます。     

図9:YMN003(富士吉田)の地震応答スペクトル
    

図10:YMN005(甲府)の加速度、速度、フーリエスペクトル

首都圏強震動総合ネットワークから

 防災科学技術研究所の強震観測網と同様に建物への影響を見るために、地震応答スペクトル(減衰5%)を比較をしました。地震動が大きかった富士川町(YMN.011)と甲州市(YMN.005)を比較すると富士川町(YMN.011)は加速度応答スペクトル(左上)では、周期0.6秒で約166cm/s/sとなり一部の木造家屋などで加速度の大きな揺れだったと感がられます。さらに、速度応答スペクトル(右上)を見ると約15cm/s程となり被害を及ぼすような揺れではなかったことが分かります。各観測点の地震応答スペクトルはこちら 一方、甲州市(YMN.005)は加速度応答スペクトル(左上)は富士川町(YMN.011)と比べるとあまり大きくありませんが、速度応答スペクトル(右上)が富士川町(YMN.011)と比べて大きく、周期1.7秒付近で23cm/sとなりました。しかし、23p/sという値も建築基準法で考えると小さな揺れのため、 被害がないと考えられますが、低層(木造など)の免振や15階建て程度の建物の頂部では、地上とと比べて揺れを大きく感じたと考えられます。それぞれの図の左下の変位応答スペクトルと右下は縦軸に変位応答スペクトルをとり、横軸に加速度応答スペクトルをとって、建物へ入力されたエネルギーを評価するのに使用される図を見ても防災科学技術研究所の強震観測網と同様にこれらの線が書く範囲が小さいことから、今回は被害がなかったことが分かります。     

図11:富士川町(YMN.011)の地震応答スペクトル
    

図12:甲州市(YMN.005)の加速度、速度、フーリエスペクトル
最後に設計用地震動を検討する際に工学的基盤に与えられる告示スペクトルととYMNH11(大月)とYMN009(六郷)、首都圏強震動総合ネットワークの富士川町(YMN.011)と甲州市(YMN.005)の記録を比較した図13を示します。この告示スペクトルは工学的基盤で与えられるため、地表面の地震動記録からの地震応答スペクトルと直接の比較はできませんが、この図から地表面で観測された地震応答スペクトルは工学的基盤のものよりも大きくなる(増幅される)ことを考慮すると 建物に損傷がでる損傷限界の範囲内にほぼ収まっているため、今回の地震動では被害が発生しなかったといえると思います。しかし、YMN009(六郷)と甲州市(YMN.005)の速度応答スペクトルを見るとYMN009(六郷)が周期1秒、甲州市(YMN.005)が約1.7秒で大きくなっており、周期1秒周辺の地震動は木造建物に、約1.7秒付近は15階程度の建物に影響を与えることから、注意が必要です。     

図13:告示スペクトルとYMNH11(大月)とYMN009(六郷)の比較(左:加速度応答スペクトル、右:速度応答スペクトル)
建物被害に関する情報のページ     

気象庁の震度階について

    

地震調査研究推進本部 応答スペクトル

4.甲府盆地内の地盤震動について

 今回の地震では、弱い揺れですが甲府盆地内でやや長周期の地震動が見られました。そこで、甲府盆地内にある観測点を使って、少し詳しく見てました。図14に使用した観測点を示します。     

図14:使用した甲府盆地内の観測点
はじめに周期1.5秒から3.5秒までがフラットとなるようなバンドパスフィルターを施した波形を図15に示します。この図15では、観測点ごとのRecord Timeを基に最初に観測した観測点の時刻を0として、他の観測点の時間からのずれを考慮して並べました。 この図15から、甲府盆地内の観測点でほぼ同時に揺れ始めていることから、盆地直下の実体波によって揺れ始めていることがわかり、特にYMN.005(甲州市)の南北成分が他と比べて特に大きくなっていることが分かります。これは、YMN.005の観測点周辺の地盤による影響が大きいと考えられます。次にYMN005(甲府)は波の群が実体波の揺れの後も2つあるのが分かり、これは盆地内で生成された揺れによる影響と考えられます。YMN.036(昭和町)も同様の揺れがみられますが、震度観測点のため、120秒程度しか記録されていないため、途中で切れた結果となっています。     

図15:1.5秒から3.5秒の観測記録(左上:東西成分、右上:南北成分、左下:上下成分)
次に周期3.5秒から5.5秒までがフラットとなるようなバンドパスフィルターを施した波形を図15と同様に記録を整理して並べたものを図16に示します。 この図16から、南北成分と上下成分を見ると甲府盆地内の観測点で図15と同様に実体波によってやや長周期地震動の揺れが同時に見られ、上下と南北方向にほぼ同時に甲府盆地がゆすられたことが分かります。さらにその後にも波の群が見えることから甲府盆地内で揺れによりやや長周期地震動が生成され揺れ続けていることが分かります。 一方、東西成分では、YMN.036(昭和町)以外はあまり大きくないことが分かります。YMN.036(昭和町)は甲府盆地のほぼ中心に位置しているため、東西方向の揺れも甲府盆地全体で増幅され、揺れが大きくなったのではと考えられます。このため、甲府盆地内においてやや長周期地震動が生成されていることが分かったため、免振建物や中層建物への影響が考えられることから、 今後は、J-SHISや地震本部で公開されている深部地下構造のデータを活用して甲府盆地内のやや長周期地震動について検証してみる必要があります。     

図16:3.5秒から5.5秒の観測記録(左上:東西成分、右上:南北成分、左下:上下成分)

5.まとめ

今回は幸いに山梨県内では建物被害はありませんでしたが、震度4が観測され、気象庁の震度階の説明では震度4は「すわりの悪い置物が倒れることがある」とされていることからも 室内に置いている物が倒れた可能性もあります。このため、この地震を機にもう一度建物内の家具などを確認していただければと思います。また、今回の地震では地震発生直後に県内の一部地域で停電が発生しました。この停電によりもう一度備蓄品の確認や 家族や親戚との安否確認の方法などを確認しておくことで、今後発生すると考えられている南海トラフ巨大地震や可能性のある直下で起こる地震などに備えていただければと思います。
謝辞

今回山梨県内の地震動を検討するにあたり、防災科学技術研究所の強震観測網と首都圏強震動総合ネットワークの情報を活用させていただきました。