研究余話

宇宙から見た富士山北麓の様子


環境計画学研究室 杉田 幹夫


宇宙からの地球観測 − リモートセンシング

 「宇宙から見た地球も美しいし、帰って来て見た地球も美しい。」昨年秋、日本人初の宇宙遊泳から帰還した土井隆雄さんはこう語っていました。同様に、暗黒の宇宙に浮かぶ青い地球の姿を見て「かけがえのない地球環境」を意識される方も多いことでしょう。しかし近年、このかけがえのない地球の環境を破壊する数々の問題点が指摘されています。たとえば、地球温暖化、熱帯林の過剰な伐採、オゾン層破壊、酸性雨等が挙げられます。

 このような地球環境問題に対応するためには、地表の様子を長期的に繰り返し観測し、その変化を正しく見極める必要があります。このためにもっとも威力を発揮できる手段の一つとして考えられるのが、人工衛星による宇宙からの地球観測技術−リモートセンシング−といえます。ここでは、簡単なリモートセンシングの解析例として、ランドサット衛星データを基に、地表の様子を調べる方法を紹介します。

土地被覆と反射スペクトル

 代表的な土地被覆について、太陽放射光に対する波長ごとの反射特性(反射スペクトル)を測定すると図1のような結果になります。この図から次のようなことがわかります。水の反射スペクトルは可視域(波長380〜700nm)のみでわずかに存在し、長波長域ではほとんど確認できません。植生の反射スペクトルは可視域で弱く、700nmより長い近赤外域で強く現れています。また、アスファルトや土壌の反射スペクトルは可視域から近赤外域にかけてなだらかに増加しています。このような土地被覆による反射スペクトルの相違を利用すると、植生量を推定することが可能となります。

表
図1 代表的な土地被覆の反射スペクトル

ランドサット衛星画像

 地球観測衛星ランドサットは、1972年(昭和47年)にアメリカによって打ち上げられた世界最初の地球観測衛星です。その優れた観測能力から、宇宙から地球を観測することの有用性が認識され、リモートセンシング技術が着目されるようになりました。

 ランドサットは、赤道とほぼ直角に北極と南極を結ぶ軌道を、高度約700kmで地球を周回し、16日かけて地球のほぼ全域を観測しています。この衛星が観測機器として積んでいるTMセンサは、地上で30m(熱赤外は120m)の大きさの物を識別する能力を持ち、3つの可視域バンド、3つの近赤外域バンド、1つの熱赤外バンド、合計7つのバンドで地表を観測しています。

 図2に示した画像は、1997年3月4日にランドサットTMが撮影した画像から、富士吉田市街を中心に富士山北麓一帯を抜き出したもので、観測7バンドのうち、バンド3(可視・赤色、波長630〜690nm)を赤色に、バンド4(近赤外、波長760〜900nm)を緑色に、バンド2(可視・緑色、波長520〜600nm)を青色に割り当てて作成した「ナチュラルカラー」と呼ばれるカラー合成画像です。この表示方法は、実際に空から見た地表面の色とは異なりますが、ふだん私たちが見慣れている自然に近い色に見え、植物の部分は緑色で表示されます。これは植物の葉からの反射が可視光(バンド2、3)よりも近赤外(バンド4)において高いためです(図1を参照)。

 画像中の濃い緑色は山林や青木ヶ原樹海などの密な植生、淡い緑色はゴルフ場・牧場などの草地、灰色は都市部、富士山頂から五合目にかけての白色は雪、黒色は富士五湖などの水域です。画像の右下、富士山の東側に白く広がっている部分、同じく中央上側、富士吉田市街の北側に点在している白色は雲に相当します。その上部に雲の影が黒く写っているため、雲とわかります。

TM画像
図2 ランドサットTM画像

(富士吉田周辺、1997年3月4日撮影、ナチュラルカラー表示)

植生指数図

 衛星画像データの異なる波長のデータの間で四則演算することにより、地表を覆う植生の指標となる「植生指数」を計算し、地表を覆っている植生の量を推定することができます。植生指数として数多くのものが提案されていますが、一般には、下の式のように近赤外バンドと可視・赤色バンドの反射率の和と差の比で定義される「正規化植生指数」(NDVI:Normalized Difference Vegetation Index)がもっとも多く用いられています。

NDVI = (NIR − RED)/(NIR + RED)
NIR:近赤外(ランドサットTMの場合、バンド4)の反射率
RED:可視・赤色(ランドサットTMの場合、バンド3)の反射率

NDVIは−1.0から+1.0までの値をとることができ、値が大きいほど地表を覆う植生が多いことを表します。

 図3は、1997年3月4日観測のランドサットTM画像(図2)から計算されたNDVIを、わかりやすいように着色して作成した植生指数図です。画像中の濃い緑色(NDVIが0.4〜1.0)および緑色(同0.3〜0.4)は、青木ヶ原樹海など植生が多く密生している部分に対応しています。黄色(同0.2〜0.3)およびオレンジ色(同0.1〜0.2)は相対的に植生が少なく疎らな部分に対応し、茶色(同0.0〜0.1)および黒色(同−0.2〜0.0)は市街地や裸地、そして雲、雲や山の影に対応することがわかります。青色(同−1.0〜−0.2)で着色された領域は、富士五湖などの水域に対応しています。

植生指数図
図3 ランドサットTMデータから求めた植生指数図

(富士吉田周辺、1997年3月4日撮影、擬似カラー表示)

衛星による環境モニタリングに向けて

 衛星データを実際にそして正しく活用していくためには、解析の結果(たとえば、ここで紹介した植生指数図)がどれほど正確であるか調べることが重要です。図2や図3を見て、富士山周辺の植生が意外と少なく感じた方もいることでしょう。これは、使用した衛星画像の撮影時期が3月であり、落葉樹がまだ葉をつけていない時期だからです。正確な植生分布を調べるためには、複数の時期の衛星画像を基に解析する必要があるのです。

 このように環境モニタリングに衛星リモートセンシングを利用するためには、複数時期のデータの入手が必須ですが、ランドサットTMのような可視・近赤外域を観測するセンサを利用したリモートセンシングでは、空気中の水蒸気や雲による影響が無視できません。特に、湿度の高い日本を対象とすると、よい画像データの得られる回数が少なく、精度のよい解析ができないなどの難しさがあります。

 今後、地球観測を目的とする人工衛星の打ち上げが数多く計画されています。克服すべき課題はいろいろありますが、ますます重要となるであろう衛星リモートセンシングを環境モニタリングに活かすことを目標に、研究を進めていこうと考えています。

(すぎた みきお)


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