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  「脳のなかの幽霊」

   V.S.ラマチャンドラン/サンドラ・ブレイクスリー 著
   山下篤子 訳
   角川書店          
 
 わたしの知人に、誤って機械に指を巻き込まれ、左手の人差し指の第一関節までを失った人がいます。ところが、彼は傷口が完治したにもかかわらず、指が痛いというのです。それも傷口ではなく、まさにその切り落とした指が…。「存在しない指に痛みを感じる」とは、なんとも摩訶不思議なことがあるものです。

 しかし、本人の感じる痛みはまぎれもなく本物で、痛みを和らげようにも治療すべき指がないのですから始末におえません。

 著者であるラマチャンドラン博士のもとには、わたしの知人のように、とうに切断してしまった腕が存在しているように感じるという青年や、右脳に卒中を起こしたことによって、自分の左半身を無視してしまう老婦人(お化粧も右半分にしかしない!)、自分の両親を偽物だといいはる青年(彼は自動車事故で頭を強打し、3週間も昏睡状態だった。)などなど、とても興味深い症状をもった患者が訪れます。

 博士は、これらの患者の症例を通して脳の働きを推測し、それを実証するための実験を行っています。それも、高度な技術を要したり、精密な機械器具を使うわけでもありません。身近にあるダンボール箱や鏡を使ってできる実験で、驚くべき結果が導き出されていくのです。

 博士は言います。「思うに医学研究者というものは、探偵とさしてちがわない。」また「医学という分野に興味をもったのは、シャーロックホームズばりの探索をするところにとても魅力を感じたからだ。」と。

 医者と探偵。まったく違うもののように感じますが、博士の推理とそれを裏付ける実験の数々を読むにつけ、確かに探偵のような鋭い直感と推理力が医者にも必要なのかもしれない、と納得させられ、いつしか探偵小説を読んでいるようにワクワクしてくるのです。

 日常生活において、脳の存在を感じる人はほとんどいないと思います。ものを見たり、記憶したりという芸当を、わたしたちはたいてい苦もなくできるので、疑問に感じることがないからでしょう。しかし、それがどれほど複雑な脳の働きによるものなのかを、本書は垣間見させてくれます。

 21世紀は脳の世紀といわれています。まだまだ謎だらけのわたしたちの"脳"について、いったいどこまで解き明かされていくのでしょうか。 

(長沼浩枝)

レファレンス・ファイル
 
利用者の方から寄せられた質問です。
 
 Q:富士山麓でハチドリを小型にしたような蝶または鳥のようなものを見かけました。
   何という生き物でしょうか。

 A:それは蛾の仲間です。
   スズメガ科の
     オオスカシバ亜科のオオスカシバ
                 スキバホウジャク
     ホウジャク亜科の  クルマスズメ
                 ホシホウジャク など

 特に富士山麓に限らず、北海道から九州・沖縄まで日本列島全土に生息し、夏期(5〜8月など)に多く見られます。
翅(はね)が小さく胴体が重いため、非常に高速で羽ばたき、空中に止まってストロー状の口を伸ばして花の蜜を吸います。昼間から夕方にかけて活動します。

スキバホウジャク
ホシホウジャク

               
研究員からの一言  
 生き物の世界を覗いてみると、全く違った場所なのに、同じような環境条件の下で、体の形や生態の非常によく似た生き物が見られることがあります。アフリカのダチョウ、オーストラリアのエミュー、アメリカのアメリカダチョウなどがこの良い例でしょう。このような現象はときに、全く違った生物間でも見られ、難しい言葉になりますが収斂(しゅうれん)進化と呼ばれています。
  御質問のようにスズメガ科のスカシバやホウジャクは、北米原産のハチドリと大変良く似ていますが、前者が昆虫で後者が鳥類であるにも関わらず、これも収斂進化の一例と思われます。たまたまハチドリのような鳥が日本にはいなかったために、生態系のその位置に換わって蛾(昆虫)が進化してきたものと考えられます。
 このように収斂進化の面白いところは、系統的には全く違う種群の間でも、生態系内の同じような位置を占めるために、体の形や生活様式が大変よく似てくるような進化が生じる事にあります。自然界は本当に不思議であり、よくできているなーと感心させられます。
(動物生態学研究室:北原正彦)





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